20071231_senju.jpg千住のとある住宅街から見た風景です。やや古めの家とやや新しめの家が並び、奥には背の高い建物が見えます。一年ほど放置されたバイク便のスクーターがあり、平坦な道の両側には電線が空を狭くしています。舗装もつぎはぎになっています。昔ながらの千住の風景ではなく、千住の現実的な風景です。同じ東京周辺の住宅街とはいっても、僕が育った千葉市の風景とはだいぶ見た目が異なります。新宿以西の風景ともだいぶ違うのでしょうね。面白いなぁ。
20071230_dog_poo.jpg近所を散歩していたら、「犬にフン サセタラ 取テ行ケ」という張り紙を見つけました。「犬にフン」までは漢字・ひらがな・カタカナと続き、そこから頭がカタカナモードに入ったのでしょうか、それ以降はカタカナと漢字の組み合わせになっています。書いた本人は犬のフンに辟易し、怒り、この張り紙を書いたのでしょうが、それを見た僕はふんわりとした気持ちになりました。不特定少数の狭い社会に向けた個人発のアナログ・メディアとしての張り紙を再確認し、その効果はいかほどのものなのか考えたり、妄想の広がる風景でした。

カナダに住んでいたときに、ビールのつまみにポテトチップスをよく食べていました。そのポテチの袋の多くに書かれていたのが「Zero Trans Fat」という語句。意味も分からず、Fat Freeなように見せかけるだけの表示じゃないの?なんて思っていましたが、日本語ではトランス脂肪酸というのだそうで、マーガリンやショートニングなど、常温で固形になっている植物性油脂の生産過程で発生するのだとか。こいつが悪玉コレステロールを増加させることで、心臓病の疾患リスクが高くなるとのこと。あんなに大きく表示してあった理由が分かりました。

日本ではそんなに表示を見かけませんが、大丈夫なんでしょうか? 昔ハンバーガー・ショップでバイトしたときには、フライヤーにがっつんがっつんショートニングを入れてましたが・・・。

バラク・オバマ氏がアイオワ州で行った演説の内容がアップされているのをDigg.com経由で知りました。簡単な単語を使う、わかりやすい英語でした。

大統領選に出馬する候補者の演説というのは、プレゼンの最高峰であると僕は考えています。オバマ氏のこの演説でも、基本的な3要素である「自分のこと」「聴衆のこと」「伝えたいこと」をきっちりとカバーしています。たとえば今回は「自分は労働者や弱者の人権を守ってきた弁護士出身である」「苦しみ悩んでいる国民の手助けをしたい」「教育・医療・年金・戦争という各問題が究極の困窮状態に来ているが、それを打開するのは自分だ」というように語っていました。そして「ワシントンDCでスポットライトを浴びているような政治家には大改革は出来ない」と、対立候補批判も忘れません。

さてさて、対する候補者たちの演説を読むのも楽しみです。

最近、いろいろなところから研究室に「〜への投資はいかがですか?」という連絡が来るようになりました。そんなにお金持っているように思われるのかなぁ。貯金ほとんどないんだけど。

それより、そういった連絡のうち、僕の誕生日まで把握しているものもありました。ものすごく探せばオンラインで僕の誕生日が見つかるのかもしれませんが、まさかこのブログの過去ログを読んだりしてるんでしょうか。職員名簿とかが外に出ているんじゃないかとも思いましたが、職員名簿には誕生日は書いてないですし・・・。うーむ。

20071226_makie_DS.jpg少し前に、ドラクエ4DS文学全集が使いたくてNintendo DSを買いました。僕の持っているクリムゾン/ブラックは、どうみても漆塗りの色合いです。そこで蒔絵シールでカスタマイズすることにしました。選んだのは鳥獣人物戯画のなかの、ウサギとカエルが相撲を取っているシーン。赤と黒に金が入り、よりソレっぽくなりました。

今日は、年明けに行われるイベントの準備で、オープンリールのアナログテープに入っている楽曲をProToolsに入れるという作業をしていました。テープが切れたらつなげばいいし、必要ならシロミ(白いテープ)を入れて曲間を伸ばしたりもできるし、現在のデジタル化されたスタジオではあり得ない、「音の触感」のようなものを感じました。

YouTubeLDPチャンネルなんてのがあるんですね。そのトップページに自由民主党マルチメディア局長である河野太郎氏による挨拶があるのですが、挨拶よりも「マルチメディア局」に驚きました。自民党にはそんな部局があるんですね。

iPod touchを使って、指入力の面白さを文字通り肌で感じています。昨日のネグロポンテつながりで、また「Being Digital」に書かれていた文章を思い出しました。指を使うインターフェイスの欠点がいくつか指摘されていますが、それに反論する部分です(p.132)。


画面が指のかげになって見えなくなる

確かに。ただ、それは紙と鉛筆でも起こるじゃないか。そのことで鉛筆が使われなくなったこともないし、紙上の点を指で指し示すこともいまだに行われているよ。

指の解像度は低い

指は太いけど、そんなに解像度は低くないぜ。

指の脂で画面が汚くなる

でも、指が脂を拭き取ってくれることもあるよ。汚い指が画面を汚し、きれいな指が画面をきれいにするから、タッチスクリーンは常に「ある程度きれい」という状態になるんじゃないかな。


この本が書かれたときには「画面に触っていないけれど、指が近接している状態、というのがとれる良い技術がない」という理由がタッチスクリーンが使われない理由だとしていましたが、現在では十分に製品として使い物になるスクリーンがあり、iPhoneやiPod touchも登場しました。これは10年間の進歩にみえますが、実は1970年代にはすでにMITではマルチタッチの実験もされていたそうです。さすがMIT Media Lab。

MITメディアラボ所長のニコラス・ネグロポンテというひとが書いた「Being Digital」という本の中に、「なぜコンピュータに関する本を紙で出版するのか」に答えるため、コンピュータ画面より紙がどういった点で優れているかを書いた一節があります(p.13)。


  • コントラスト高い

  • 軽い

  • パラパラ見やすい

  • 値段が安い


などが挙げられています。この本はちょうど10年以上前の1995年に書かれたもので、主にデジタルテレビに関して論じている本なのですが、現在も紙の優位点はまだ変わっていないような気がします。他にも

  • 電源がいらない

  • 衝撃や破損に強い(ちょっとくらいなら破れても読める)

  • 折りたたんでコンパクトに持ち運べる


などの利点があります。さて、Amazon Kindleなんてのも出てきましたが、まだ電源のいらない(そして使い捨てできるほど安価な)紙の代替品は出てきていません。また、アフォーダンスについて考えても、ぺらぺらめくれるというのが紙の利点。紙をめくったら次の情報が出てくるという、物理的な操作感がコンピュータにはいまだ実現されていません。

手帳を超えるPDAがなかなか出てこないのもそういう紙の魅力があるからなのでしょう。